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首里城炎上
2019.11.25. 未分類

10月31日午前3時頃、けたたましいサイレンの音で目が覚めた。

ずっ~と鳴り止まないので、大変なことが起きたんだと思ったが、

何もできるわけがないので二度寝。

その後ニュースで首里城炎上と分かり「エ~ッ!」と思わず声をあげてしまいました。

 

翌日ネットニュースで、簡単に首里城の歴史を解説していました。

「…大正時代の終わり頃、首里城を管理していた当時の首里市は、

財政難に陥り首里城を解体する事を議会で決定。

 

・・・山形県出身の建築家が大事な文化遺産を壊すわけにはいかないと、

東京で奔走し運動を広げ首里城は国管理となりました。

その後、首里城の補修工事を数年かけて行いました…

昭和8年、首里城は国宝に指定されました。

城としての国宝ではなく、拝所沖縄神社としての国宝です。

 

・・・それは源為朝伝説に由来し、為朝は保元の乱(源平合戦)で敗れて、

伊豆諸島から漂流し今帰仁村の運天港にたどり着きました。

その後、大里按司の妹と結ばれ男児が生まれ、それが舜天王になったという伝説です・・・。」

 

「戦前までの首里城には、祈りの御神体として舜天王・察度王・英祖王・尚圓王・尚思紹王が

祭られ沖縄神社として鎮座していました。

戦争で首里城は炎上し、御神体は 首里の弁ヶ岳に移しました。

平成の首里城建設にあたり、その御神体は弁ヶ岳に置いたままで、もともとあった首里城には戻さなかった・・・」

 

下の写真は弁ヶ岳にある御神体。琉球国王と書かれ上記5人の国王の名が記されていました。

 

 

11月16日首里城に行きました。ちょっと焦げ臭く、もちろん正殿付近は立ち入り禁止でした。

しかし観光客は多く、焼け跡の残る建物を遠くからカメラで撮っていました。

 

 

首里城の火災は今回で5回目。文化財も約500点失ったという。

悲しい出来事で、沖縄県民にとって大きな損失になりました。

 

歴史に忠実な形で、威風堂々とした首里城の再建を願っています。

最後まで読んでいただき有難うございました。                    感謝! 鬼塚明人