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バックナー中将
2019.12.27. 未分類

私の担当する顧問先企業の月次の会計報告もほぼ終わる頃、社長との何気ない会話から始まった出来事です。

 

社長「バックナー中将って知っちょうみ(知ってるか?)」

 

私「バックナーって誰ね~」

 

社長「連合軍最高指揮官のマッカーサーの前の連合軍最高指揮官で、この糸満の真栄里で戦死した人だよ、、、、もし、バックナー中将がそこで戦死してなければ、、、、、」

 

めちゃくちゃ興味がわいてきた自分に対し、

 

「すぐ近くだから見に行くか?」、

 

私は即座に「是非っ!!!」月次報告をとっとと済ませ、社長と車に乗り込み現地へ。

 

部落を抜け、そこからしばらくすると小高い丘に注意しないとほとんど見逃してしまうような10段ほどの階段があり、そこをのぼると、

 

 

マッカーサーと同じ連合国軍最高指揮官の慰霊碑としてはあまりにもこじんまりとした、

しかもひっそりとした感じに複雑な気持ちになりました。

その日帰宅後すぐにバックナー中将の事をネットで検索。、、、

 

1945年6月18日、部下数人を引き連れて戦場の視察に訪れたバックナーの戦死の状況について、、

アメリカ軍海兵隊の公式戦史では、

彼がこの位置に立ってから間もなくして、日本軍の47mmの砲弾が岩に当たった。

さらに5発が着弾し、最初の砲弾の破片か、爆発によって吹き飛ばされたサンゴの欠片が、

バックナーの胸に当たりこの傷で死亡した」と記述、

一方日本側は、

「東京都出身の小野一等兵が小銃で狙撃したという証言もあるが。

厚生省によると該当する兵士の存在は確認されていない」

ウィキペディアより

 

ちなみに司令官・牛島中将が自決したのはその5日後の6月23日(22日ともいわれている)

そして終戦、

「バターン号」のタラップからコーンパイプを咥えていったんポーズを決める

連合国最高指揮官マッカーサー率いるGHQによる戦後処理。

 

先程の社長との会話に時間を戻します。

 

私「確かマッカーサーはフィリピンで日本軍にやられたんじゃないですか?」

 

日本軍によって「バターン」半島に追い詰められ、コレヒドール島から敗走し日本軍に敗北という屈辱を舐めさせされた、とされている。

 

私「もしバックナー中将が生きて終戦を無事迎えていたら、東京裁判、そしてその後の占領政策もかわっていたかもしれないですね。」、、、、

 

社長も私と同じことを思っているはずだ。、、、、、、。

 

金城善雄